先日、腸内細菌について書かれた本(1)を読みました。それによると、腸内細菌が私たちの体に大きな影響を与えているとのことでした。実際は体だけではなく、どうも思考や物の考え方にも影響するようです。そうすると、腸内細菌は体の健康のみならず、私たちの人生にも関わってくる重要な要素ということになります。そのあたりについて、考えたことを書いてみます。
腸内細菌は私たちの小腸や大腸に住む、細菌のことです。およそ100兆個もの細菌が住み、その総遺伝子数は800万にも及ぶようです。私たちヒトゲノムの遺伝子は2万ほどなので、実にその400倍にもなります。そんな多種多量の生物が私たちの体に住んでいることを考えると、私たちの体は腸内細菌の乗り物のなのではないか、という様に思えてきます。
腸内細菌は私たちの腸で何をしているのかというと、まず食物の消化の手伝いを行なっています。私たちの体で消化しきれなかった食物の分解や発酵を行い、栄養素の合成などを行なっています。腸内細菌が合成する物質には、私たちの体では作り出せないものもあり、その意味では、私たちの生命活動の手助けをしてくれていることになります。
また、腸内細菌が作り出した物質が、病原菌の増殖を抑えるため、食物に含まれる病原菌が腸から体の中に入っていかないように、妨げてくれているとも言えます。さらに、重要な脳内神経伝達物質であるセロトニンは、大腸で腸内細菌の働きで作られていますし、腸内細菌が免疫の賦活化に関係していることも明らかになっています。
一方で私たちの腸は、腸内細菌にとってはとても住みやすい環境となっているはずです。彼らは、閉鎖された安全な空間で、繁栄を謳歌できます。つまり私たちと腸内細菌は、持ちつ持たれつの共生関係を築いているのです。
ここ数年で、腸内には多くの免疫細胞、内分泌細胞、感覚センサーが備わっており、脳と密接に情報伝達していることが分かってきました。その内容の詳しいことは分かっていないようですが、おそらく、食物に含まれる化学物質や、腸内細菌が生み出す様々な物質の情報が脳に送られ、それによって脳は、私たちを取り巻く状況を判断し、何かの決定を行なっているようです。内臓と脳を繋ぐ神経の一つである迷走神経のうち、腸と脳の間の流通は、90%が腸から脳で、脳から腸はわずか10%であることから、脳がいかに腸からの情報を重要視しているかが窺い知れます。
また、腸内細菌は、肥満、糖尿病、炎症性腸疾患、アレルギー、大腸がん、肝がんなど様々な病気に関わることも分かってきました。さらに、一見腸内細菌とは関係が薄そうな、うつ病、不安障害、パーキンソン病、アルツハイマー病などの精神、神経系疾患との関連性も指摘されています。腸内細菌と、精神、神経系疾患の関連性の背景には、腸と脳が密接に繋がっていることがあるのかもしれません。そして最近の研究では、私たちの思考や物の考え方にも、腸内細菌が影響を与えていると考えられています。
思考や物の考え方というと、性格ということになると思います。私たちの性格と腸内細菌が関係しているというと、驚きです。
この腸内細菌ですが、人それぞれでその構成は大きく異なるようです。私たちの遺伝子は誰であっても90%以上は同じ構成ですが、腸内細菌というと、任意の2人の間で5%を共有するに過ぎないとのことです。人の性格が皆それぞれ違うのとも、関係があるのかもしれません。
では、私たちの腸内細菌の構成は、どのようにして決まるのでしょうか。これについては次のように考えられています。一つは、母親から生まれてくる時の、産道に分布する微生物の構成が関係していると言われています。さらに、生後3歳までに置かれた環境が大きな要素を占めるようです。まず、母親との接触や、母乳や食物を通して体に入ってくる微生物に影響を受けます。加えて、この時期に抗生物質を使用すると、腸内細菌の定着が乱されることが分かっています。そして、およそ3歳までに腸内細菌の構成はほぼ決定し、その後は生涯に渡り、種類や量に多少の変化はあっても、大きく変わることはないようです。
生涯に渡り大きく変わらない、と言われると、やはり性格とも関係しているように思えてきます。性格というと、私たちの人生に大きく関わってくる項目です。幸せな人生を送りたいのであれば、やはり穏やかで、物事を肯定的に捉える性格の方が有利だと思います。
では、どうすれば理想的な腸内細菌の構成を手に入れらるのでしょうか。それについては分かりませんが、この本にはヒントになりそうな事例がいくつか示されていました。
不安障害やうつ病などを持つ、物事を否定的に捉える傾向が強い人たちが、幼少期にどのような環境で育ったかを調べると、多くの人が、母親から引き離されたり、食べ物を十分に与えられなかったりといった、危機的状況の中で育ったとのことです。こういった状況で作られた腸内細菌の構成は、私たちの脳に、いつも危機感を持って物事に接する習慣を強要するのかもしれません。
やはり、赤ちゃんは愛情を持って育てるのが、何よりも大切ということなのでしょう。しかも生まれてからの数年が特に重要のようです。3歳までは安心感のゆりかごに包まれるような育て方をしてあげるのが、いいのかもしれません。
このように、腸内細菌は、消化吸収にのみ関わるもののように思われますが、実際は私たちの人生にとても深く関係しています。一度決まってしまうと、腸内細菌の構成を大きく変えることはできないようですが、発酵食品などを摂ることで、腸内細菌が作り出す物質を変えて、それによって健康に資することは可能です。
そして、もし腸内細菌に私たちの性格が大きく影響を受けているとしたら、3歳を過ぎてしまった私たちにはどうすることもできません。ですが、少なくとも自分の性格の問題点を冷静に見つめて、変化を促す努力はできます。そういった試みを続けることにも、きっと意味はあるのでしょう。
(1)エムラン・メイヤー 著, 高橋 洋 訳, 腸と脳, 紀伊國屋書店, 2018年
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