鍼治療といえば「体に鍼を刺す」ことをイメージされる方が多いと思います。鍼に関する本にも刺す鍼について多く書かれていますし、現在作られている鍼も、ほとんどが刺すためのものです。
ではもともとはどうだったのかと言うと、鍼灸の古典には刺す鍼以外の鍼も書かれています。メスのように切開する鍼や、ツボ押し棒のようなもの、また刺さないで当てるだけの鍼などです。
いろんな鍼があるなかで、時代とともに刺す鍼が一般的になってきたようです。
ところが現在の鍼治療をみると、意外なことに「あまり刺さない」という考えが広まってきているようです。刺すとしても1、2か所にとどめ、また当院のように刺さない鍼を使う治療院もあるようです。
では鍼は刺したほうがいいのでしょうか、刺さないほうがいいのでしょうか?
鍼を刺すことで何が起こりますか
なぜ刺さない治療が増えているのでしょうか。それは鍼を刺すことで気が漏れるからだと思います。
そもそもなぜツボに鍼を刺すのかというと、これはツボにもともと備わっている性質によるもので、ツボに適切な刺激をいれると、体の特定の部分に気を巡らせることができるからです。
いろいろな考え方はありますが、大まかに鍼の治療とは、「体の必要なところへ気を巡らす」ということをやっていて、その目的のためにツボを使うことができるのです。
たとえば、頭痛を抑えるために頭に気を巡らすツボを使ったり、という具合です。
このように鍼治療では、その時もっとも適したツボに鍼を刺していきます。
一方で「鍼を刺す」ということには少し困った問題があります。それは、刺した穴から気が漏れてしまうことです。
刺すことで目的のところに気が集まっていきますが、一方で刺した穴から気が漏れ出てしまって、体全体の気の量が少なくなってしまいます。
鍼を刺すということには、このような問題もあるのです。
現代人は刺さないほうがいいかもしれません
体全体の気が少なくなるのに、なぜ鍼治療は刺すことをやってきたのでしょうか。
これについては推測になりますが、おそらく現代人に比べて昔の人たちは元気だったのではないでしょうか。もともと体にある気の量が多く、少しぐらい漏れ出ても大丈夫だったのだと思います。
ここ数十年で環境汚染が急に進みました。
空気や水の汚染、農薬や化学肥料、食品添加物など、昔にはなかった体への負担が現代人にはのしかかってきています。
また元気の源である食品も、環境の影響により昔ほどエネルギッシュではなくなってきています。
こういったことから、現代人はもともと元気ではなく、鍼を刺すことで漏れ出る気の量が無視できなくなってきているのかもしれません。
私自身も治療を続けてきて、比較的若い方や、スポーツ選手のように元気な方には刺す鍼でもよい効果があったように思います。
ですがご高齢の方や病気をされた方では、刺すことの負担のほうが大きく表れるように感じます。
現代人は鍼を刺さないほうがいいのかもしれません。
「鍼を刺さずにどうやって治療するの」と思われるかもしれませんが、先程の古典には刺さない鍼も伝えられています。
「鍉鍼(ていしん)」と呼ばれる、体に当てるだけの鍼を使うと、刺さずに治療を行うことができます。
もしかすると、これからは刺さない鍼が注目されるのかもしれません。